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きょうは歩いています。
で、こんな場所を発見しました。
吉田新田開拓のころの大井戸
旗が揺れて、そこには「大井戸」とだけ、ドカンと書かれていますよ。
なんだろう?
これを読むと、横浜の吉田新田の開拓のころの井戸ということですね。
江戸から開港までのころは、まだ横浜という呼び方は無くて、このあたりを大きく分けると、吉田新田と太田新田がありました。
この井戸は、その吉田新田で活躍した井戸で、昭和まで使われていたということです。
たいへんに長生きな井戸で、現在は企業さんが保存しているんですね。
開港からの「日ノ出湧き水」
ヨタヨタと歩いて、ここは大岡川の川べりです。
こんな場所に来ました。
まわりの雰囲気とはちょっと違ったものがあります。
ここは「日ノ出湧き水」です。
大岡川は何度も自転車で走っているんですけど、この場所は初めてですね。
見ていると、まさにコンコンと湧いています。
ペリー提督が来て、その後横浜が開港して、いろいろな外国船が横浜港に来るようになると、船にはきれいな飲料水が必要になりますよね。
そうなると商売上手な人が現れて、この湧き水を樽に入れて売っていたということです。
日本の水は、世界から見たら名水に部類に入るでしょうから、たいそう売れたんでしょうな。
いまでもこんなに湧いてます。
そんな湧き水の名所は、「まちづくり」の地元愛の場所でもありました。
サンマーメンの玉泉亭
で、まったく変わって、これからラーメンを食べようとしています。
そして有名な「玉泉亭」さんに来たんですよ。
さっきの湧き水の場所から、ほんの近くです。
ご注文は当然「サンマーメン」です。
これ、初めてですね。
食べてみた感想は、あっさり系で細麺でした。
汁は辛くは無くて、ちようどいいですよ。
それにしても、食べ物の写真は難しいな。
店内には来店した有名人の写真がズラリとあります。
帰りしな、このマッチをもらって記念撮影にしました。
この写真を撮っている間にも、おきゃくさんがグループで入っていきましたよ。
大正七年創業のうまい店でした。
喰った食ったと、満腹で歩いていたら、こんなシャッターを発見。
「元祖フカヒレまん」って、どんなのかなー。
さっきの店のサンマーメンのメニューにはなかったです。
またまた歩いてこんどはここ、土木事務所です。
横浜の下水道の始まり
事務所ビルの前に、なにやらあります。
このゴツイ物、しっかりと保存されている、という雰囲気を出してますね。
これは、日本で最初のレンガの下水管でした。
正確には、外国人居留地の中に作った陶器の下水管の代わりに、このレンガの下水管を設置したということです。
そしてここの銘板には「横浜の下水道の始まり」とあります。
形が卵のかたちなので、卵型下水管というそうです。
いまでも、道路わき側溝の下水道はこの卵型ですよね。
当時から、原理は変わってないんですね。
レンガで作ったというので、しっかりと内側の写真も撮っておきました。
ここまで写真にする人は、あんまりイナイ。(物好きです)
横浜製鉄所跡
そして最後は、この場所です。
じつは、横浜にも「製鉄所」があったんですよ。
ここを探すのにかなりウロウロしました。
こんな場所にあったんですね。
石川町駅近くの歩道の片隅にこじんまりと、案内板がありました。
しっかりと「横浜製鉄所跡」と書かれています。
この写真は、当時のものです。
上の写真を拡大するとこんな具合です。
ふつう製鉄所というと溶鉱炉なんてものを想像するんですけど、このころの製鉄所は「鉄を使って船やその他のものを作っている場所」という意味でも使われていたようですね。
この工場から、当時の大型重機や船が、日本中に出て行ったのでしょう。
※上図は国土地理院タイルに場所等の名前や記号を追記して掲載
○月日:2019年12月5日 木曜日
○時間:11時~15時
○距離:10Km歩いて
○場所:横浜市内