ここは府中市内の大国魂神社です。
いままでも何度か来ました。
そのたびに、この門には圧倒されてます。
迫力がある門の前には、うまそうな「さくら饅頭」の看板。
この饅頭、どこで買えるのかな。
でも今回は、饅頭の話ではないですよ。
話が少し長くなるので、目次をつくりました。
ところで、なんで大国魂神社にいるのかというと。
いままで、府中の町を自転車でポタポタしていると、品川道の案内板をチョクチョク見ていました。
それで品川道について、あれこれ調べていたんです。
このブログでは、品川道を「しながわみち」と読むことにします。
品川道ってなに?
そういう疑問がありますよね。
品川道は、目黒川の河口の品川湊から、府中の大国魂神社を通って甲州まで続いていた古い道です。
でも、このブログでは大国魂神社から甲州まではあつかいません。
品川道のだいたいはわかりましたが、当時使った細かなルートは、あんまりはっきりとわかってないようですね(わたしの調査レベルでは)
品川道はかなり古い道なので、あぜ道のようなものじゃないかなー、と考えたりもしました。
そもそも当時の道が、現在の地図の上にカッチリと浮かびあがる分けはないですよね。
クネクネのあぜ道は、直線の舗装道路に代わっていても不思議ではないです。
「品川道はゼッタイにこれだ」っていう正解を出せそうにもないので、「このくらいでOK牧場」の精神で、話を進めていきます。
大国魂神社と品川湊の位置関係
この話の全体のイメージを持ってもらうために、府中市の大国魂神社と品川湊の位置関係をつぎに示します。
なかなかの距離ですよ。
そして大国魂神社から見ると、品川湊は東方向です。
今回のテーマ
テーマは
品川道は大国魂神社のどこにつながるのか
ということにしました。
まったくの個人的な見方です。
大国魂神社の三つの鳥居
わたしは、大国魂神社の門の前にいます。
つぎの写真は北の方角を見てます。
鳥居からの石畳はまっすぐで、この方向が、いわゆる正門になるのでしょうね。
こうして見ていると「こっちが正門だかんネ」って、あの鳥居さんが言っているような気がします。
この先に甲州街道や旧甲州街道がありますよ。
つぎの写真は、西の方角を見てます。
ネ、どう見ても「西」って見えるでしょ(意味不明)
鳥居の先は、なんとなく行き止まりです。
そしてつぎの写真は東の方角を見てます。
鳥居から先に道が続いてます。
そしてこの東の方向が、さきほどの地図に示した品川湊になります。
ということは、少ないわたしの脳細胞が総動員で、この鳥居に品川道が続いているのではないか、と思ったしだいです。
ではこの鳥居の先、東の方角に歩きましょう。
その東側の鳥居をくぐって、道路に出ました。
大きく大国魂神社とあります。
東向きの鳥居とこの柱は、一番先に朝の太陽を浴びるので、さっきの北と西の鳥居よりも、なんとなく雰囲気がイイですよ(勝手な感想)
京所道ってなに?
東の鳥居に続いている道には、こんな案内板がありました。
「京所道」
読み方は「きょうずどう」か「きょうづどう」でしょう。
なんとなく、この道がそのまんま京都へ続いているような名前ですね。
その隣には案内柱があります。
こちらは「きょうづみち」になってます。
この案内柱にはこうあります。
“この道は甲州街道が開設されるまで、初期の甲州への道として重要な役割を果した道です”
なーるほど、古い道なんですね。
そしてこんな絵図もありますよ。
京所道のところが、赤色になってます。
絵図を拡大して、白文字でわかりやすく説明を入れました。
こうして見ると、現在の場所から府中競馬場駅までが京所道なんですね。
では、この案内に従って歩きましょう。
しばらく行くと、ここにも京所道の説明があります。
こちらは見開きページになってます。
京所はお経所
この説明、年季が入ってかなり読みづらいですけど、じっくり読むと。
その昔、このあたりに国府の写経所があって、経所という言葉がいつしか京所になった。
というような内容でした。
ざんねんながら、京都とは関係なかったです。
京所道の終点
そしてここが、大国魂神社から歩いてきた京所道の終点です。
そしてここは、知ってる人はすごーく知っている、府中競馬正門前駅でした。
競馬が無い日は、まったくの無人です。
駅前の看板にはカワイイ絵が。
競馬が無い日のひまそうなお馬さんでも、マスクはしましょうネ。
無人の駅前で缶コーヒーを飲んで休憩して、キョロキョロしてたら、この先に何やらありますよ。
府中伝説の道
何だナンダと近寄ってみると。
ホホーッ、ここは府中伝説の道になっているんですか。
ではジックリと見させてもらいましょう。
つぎの写真がそれで、わかりやすくするために、勝手に白で文字を入れました。
で、赤い線が府中伝説の道です。
さっき歩いた京所道も伝説の道だったんですね。
赤い線は大国魂神社から現在地を通って、細くクネクネして右下へ伸びてます。
品川道は東鳥居へ
今日は、大国魂神社の東鳥居から京所道という古い道を歩いてきました。
京所道の終点から先へも、府中伝説の道が続いてます。
この先はどうなっているのかなー
そして今回のテーマの「品川道は大国魂神社のどこにつながるのか」は、ハッキリしました。
品川道は大国魂神社の東鳥居につながっていたんですよ。
●記録
月日:2021年3月4日 木曜日
時間:11時~15時
場所:府中市内
距離:29Km
●出典・地図について
このブログに使われいてる地図や空中写真の一部は、国土地理院発行の電子地形図「タイル」、陰影地形図「アナグリフ」、空中写真などを複製し、自転車走行軌跡や記号等を追加して掲載してます。
地理院タイル一覧ページhttps://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html