この写真、横浜の大さん橋の正しい言い方は、こうなのですね。
このあたりにはなんども来てますけど、あんまり気にしなかったなー
ということで、この正しいお名前がサンゼンと輝くところにいます。
きょうはこのガード下にある、古い写真を見に来ました。
そして今回の企画は
ここの写真には横浜地方気象台のはじまり、明治時代の「神奈川県測候所」が写っているので、その場所をさがそう
ということにしました。
ほんとうに、ジミーなテーマですね。
それにしても、こんな場所に写真があったなんて、知ってました?
ここの写真は、明治43年ころの横浜大さん橋の写真です。
当時は大さん橋とは言わないで、単に桟橋といったのでしょう。
船が煙を出して、写真に雰囲気がありますね。
つぎの部分は、大さん橋の入り口のところです。
建物に色が付いているのは、後で着色しているんですよ。
それにしても、ここにある建物は全部洋風ですね。
上げ下げ窓に、明り取りのドーマー窓。
そして、ズームアップします。
赤い建物の右隣に、なんだかヘンテコリンな屋根の建物があります。
この建物が気象測候所なんです。
正しくは「神奈川県測候所」といいます。
明治29年にできたそうです。
現在の横浜の山手にある、横浜地方気象台のはじまりの建物なんです。
しかし、なんともケッサクな形ですね。
それで、ほかに資料はないかといろいろ探しましたら、ありましたよ。
絵葉書がありました。
その絵葉書は「横浜海岸測候所」という、そのまんまのタイトルの絵葉書です。
そして絵葉書の建物の表札に「神奈川県港務部」という文字が読み取れます。
調べたらこの「港務部」っていうのは、検疫所関係のしごとをしていたらしいです。
ここでいままでを整理しますね。
✔測候所のとなりは神奈川県港湾部という建物
✔神奈川県港務部は、大さん橋の入口に向かって右側
✔神奈川県港湾部の建物は独立していて大きい
ということで、また大さん橋の入口にいます。
大さん橋の入口の右側の建物というと、つぎの写真のデッカイ建物ですよ。
で、建物の真下に来ました。
ここは神奈川県の合同庁舎でした。
そして表札がこれです。
ここに「横浜検疫所」とありますよ。
ということは、明治のころの「神奈川県港務部」は、時が流れてもそのまんまの場所に残ったんですね。
そうすると、神奈川県公務部の隣にあったヘンテコリンな建物の「測候所」は、このあたりなんです。
そんなことを思いながら、建物の前をウロウロしてます。
たぶんですよ、いままで見た絵葉書とガード下の写真を総合して判断すると、この街灯のあたりの場所が「測候所」があったところでしょ。
といことで、明治のころの「神奈川県測候所」の場所は、ここに決めました。
建物の前にあった「絵タイル」のカモメさんも、“ それに賛成 ”、と言ってくれた気がします。
●記録
月日:2020年11月20日 金曜日
時間:11時~14時
場所:横浜大さん橋近く
距離:徒歩
●関連したもの
野口英世の細菌検査室で、潜水艦で運んだ顕微鏡を見た 横浜・長浜
「ペリー提督が見た江戸湾の風景」 富岡 「長浜公園」のガケは高くて長かった
●参考資料・引用元
・大さん橋ガード下の写真
横浜開港資料館所蔵
明治43年(1910年)頃の横浜港
●出典・地図について
このブログに使われいてる地図や空中写真の一部は、国土地理院発行の電子地形図「タイル」、陰影地形図「アナグリフ」、空中写真などを複製し、自転車走行軌跡や記号等を追加して掲載してます。
地理院タイル一覧ページ
https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html